後継者不足の現状と解決策─数字で直視、現場感で動くための実務ガイド

全国の中小企業では後継者不在が長く課題でした。
直近では改善傾向が見られるものの、依然として多くの企業で後継者が決まっていません。
パン屋は「朝が早い・技術が要る・設備が重い」という産業特性があり、承継のハードルが相対的に高くなりがちです。
この記事では、公的データを基に現状を整理しながら、親族承継・従業員承継・第三者承継(M&A/事業譲渡)それぞれの実務的な進め方、そして実際に起きた承継事例まで、ベーカリー経営の現場目線で分かりやすく解説します。
中小企業庁や支援機関の一次情報へ適宜リンクも付け、読後すぐに動けるように構成しました。
目次
後継者不足─全体は改善傾向だが、なお要警戒

中小企業白書の最新章では、年代別に見ても「後継者不在率」は全体として減少傾向にあると示されています。
他方で経営者の年齢分布は依然として高止まりし、60歳以上が過半を占めています。
つまり「数字は改善しているが、決して楽観できない」状態です。
根拠となる白書本文と図表は中小企業庁が公開しています。
参照: 中小企業庁白書2025年版 第9節 事業承継
また2024年版白書では、2018年以降は低下傾向にあるものの、2023年時点でも「後継者不在率54.5%」と記載されています。
半数超が後継者未定という実態は、ベーカリーを含む多くの小規模事業に影響します。
さらに(やや古い推計ながら)「2025年までに70歳を超える経営者の半数が後継者未定、放置すれば大きな雇用・GDP損失」という警鐘資料も公表されています。
現実にどの程度発生したかは別途検証が要りますが、「準備が遅れるリスク」を定量的に示す材料として有益です。
『中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題』こちらも参考になります。
パン屋特有の承継ハードル─技能・時間・設備・地域性

パンづくりは技能の習得に時間がかかり、仕込みや窯の都合で「朝型・長時間」になりやすいのが実情です。
さらに、オーブン・ミキサー・ホイロなど設備が大きく、入れ替えや移設のコストが重くなりがちです。
商圏は近隣住民や通勤導線に依存するため、人口動態の影響も受けます。
こうした条件が重なると、親族や従業員の承継意欲が下がり、第三者承継の検討が必要になる場面が増えます。
ここで、親族・社内・第三者、3つの承継ルートを比較してみましょう。
承継のルートは大きく①親族承継、②従業員承継(MBO等)、③第三者承継(M&A/事業譲渡)の3つです。
公的機関もこの枠組みで施策を整理しており、相談先と支援ツールが整っています。
親族承継─早期の意思確認と教育計画が肝
家族の意思とライフプランのすり合わせ、税制(相続・贈与)への配慮、段階的な権限移譲が軸になります。
パン屋の場合は「配合の標準化」「レシピの言語化」「生産計画の型化」で属人性を下げておくと、引継ぎがスムーズです。
従業員承継(MBO)─店の文化を守りやすい
長年の右腕に引き継ぐ形。
金融機関・信用保証協会・自治体の制度も活用しやすく、顧客離反が起こりにくいのが利点です。
一方で資金調達や経営スキル習得の支援設計が必要です。
第三者承継(M&A/事業譲渡)─選択肢が広く、スピードも出やすい
買い手は同業(多店舗展開、製造業)から個人開業希望者まで幅広い層に及びます。
閉店費用(原状回復・リース残債等)の回避や、ブランドと雇用の維持を両立しやすいのが特徴です。
直近の業界解説でも、後継者問題の解決・事業継続・閉店費用回避といった効果が整理されています。
参照:パン屋・ベーカリー業界のM&A動向(fundbook)、業界動向とメリット(CINCキャピタル)
まずどこに相談するか─公的窓口と民間の使い分け

「事業承継・引継ぎ支援センター」は国が設置する公的相談窓口で、全国47都道府県に展開。
親族内承継から第三者承継までワンストップで支援し、マッチングにも繋げます。
まず現状整理と方針決定の初回相談先として有力です。
公式サイト:事業承継・引継ぎ支援センター(中小機構)。
民間では業界知見のある仲介(ベーカリービズ他)・FA、地域に根ざす信用金庫、オープンネームで後継者を公募する「relay(リレイ)」など、目的に応じて複数の経路を併用するのが現実的です。
実務の進め方
「意思決定」から「引継ぎ完了」までの7ステップ。
パン屋の現場で実際に起きやすいフローです。
各段階で、公的窓口や専門家の関与ポイント、注意点も添えてみました。
意思決定・家族との協議
退く時期、守りたい価値〈味・ブランド・雇用〉、譲渡目的を言語化。
退任時期と「何を残すか」を先に決めると、その後の条件交渉がぶれません。
味・屋号・雇用・地域のつながり、優先順位を明確に。
事業・財務データの整理(磨き上げ)
PL/BS/CF、月次の粗利、人気商品別の原価、仕込み〜販売の標準作業、リース・賃貸条件、許認可、衛生記録を整理。
買い手が最初に見るのは「粗利の安定」「レシピの再現性」「仕込み能力(1日当たりの焼成量)」。
数字と標準書で見せる準備を。
店舗・設備の整備
衛生・安全・動線・レシピの標準化。故障や過剰在庫の解消。
安全・衛生は非交渉領域。小修繕で印象は大きく変わります。オーブン・ミキサーの保守履歴、ガス・電気の容量情報は必須。
買い手候補の探索
公的窓口への登録、仲介への依頼、業界の専門家への依頼、オープンネーム公募、金融機関ネットワーク活用。
センター登録+民間仲介+オープンネーム公募を並走させると出会いの母数が増えます。
「どこに登録、依頼するのか」に迷うと、物事がうまく進まなくなります。まずは業界の専門家(こちら)に話を聞くのも大切です。
条件交渉・基本合意(LOI)
価格だけでなく、屋号・レシピ・従業員・家賃・内装造作・保証金・引継ぎ期間。
価格の根拠(収益・資産・のれん)に加え、ブランド表示、従業員処遇、賃貸借の承継、引継ぎ期間のOJT計画まで文字化します。
デューデリジェンス・契約締結
財務・法務・労務・許認可。秘密情報の安全管理。
製造許可・食品衛生・消防・騒音・臭気など、飲食特有の法令もチェック。
法務・税務・労務の専門家同席が安心です。
引き渡し・アフターフォロー
レシピと製法のOJT、主要顧客・仕入先の紹介、開店告知の計画。
初月〜3か月は「共同で仕込む・焼く・売る」を意図的に実施。
顧客への周知(継続と変化のバランス)も計画的に。
実際の承継成功事例─オープンに募集、地域が応援、ブランドが残る
事例1:老舗「ミカエル堂」の復活(宮崎)
2023年に惜しまれつつ閉店した「ミカエル堂」が、オープンネームの事業承継プラットフォーム「relay」を通じて第三者承継を実現。
2024年11月には引継ぎセレモニーが行われ、名物「じゃりパン」の再開に向けた動きが公表されました。
承継プロセスを公にし、地域の共感を味方にできた好例です。
事例2:公的窓口×民間連携で第三者承継(大分・シェルブール)
大分県の公的センターに登録後、事業価値の算定、ノンネームでの情報提供、複数社とのマッチングとトップ面談を実施。
アドバイザリーと補助金も活用し、2021年10月に事業譲渡が完了しました。
公的スキームと専門家の連携が効いたケースです。
事例3:マッチングサービスで後継者を獲得(兵庫・西宮)
地域の人気パン屋が事業承継マッチングサービスを活用して譲渡に成功。
ニュースでも取り上げられ、後継者不足に対する具体的解決策として可視化されました。
参照:サンテレビNEWS
参考:オープン募集の実例(京都・嵯峨嵐山「ぴいたあパンベーカーズ」ほか)
地域に愛された店が、後継者募集の背景・条件・譲る想いまで公開。
候補者の母集団形成と「共感」の醸成に寄与しています。
参照:relay 募集ページ(京都)
数字と行動で承継準備を進めるための実践ガイド

数字で腹落ちさせる─「やるべきこと」に集中するための定量指標
- 後継者不在率の推移(自社の年代レンジと比較)
- 売上総利益率(粉・酵母・油脂等の原価高騰を踏まえた月次トレンド)
- 1人当たり生産量/人件費率(仕込み効率の可視化)
- 設備稼働率(オーブンの焼成回数、ピーク時のボトルネック)
- 主要SKU別の売上構成(看板商品の定量把握)
白書のマクロデータと店内のミクロ指標を重ねると、承継の「タイミング」と「磨き上げポイント」がクリアになります。
現場感で手を動かす─最初の2週間アクションリスト
- Day1–2:家族・共同経営者と目的整理(残したい価値を箇条書き/退任時期の目安)
- Day3–7:財務と業務の棚卸し(直近24か月のPL、人気商品TOP20の原価と歩留まり、リース残債、賃貸条件)
- Day8–10:衛生・安全・動線のミニ改善(“扉1枚分”の修繕でも印象は変わります)
- Day11–14:相談先へ一次接触(公的センター/取引金融機関/民間仲介/オープン公募の検討)
第三者承継(M&A)を選ぶなら─交渉の着眼点チェックリスト
- 価格と根拠(収益法・市場法・コスト法のどれで議論するか)
- 屋号・レシピ・商標・ドメインの扱い(のれんの範囲)
- 従業員の雇用条件(賃金・勤続・教育)
- 賃貸借契約(名義変更の可否・原状回復の扱い)
- 内装・造作・設備の範囲(付帯設備のリスト化)
- 引継ぎ期間のOJT(レシピの再現性担保のための同席期間)
- 情報管理(ノンネーム資料/秘密保持契約/バーチャルデータルーム)
よくあるQ&A─「うちの規模でもM&Aは可能ですか?」
可能です。
小規模店でも、造作譲渡・事業譲渡・株式譲渡などのスキームを使い分ければ選択肢はあります。
最新の業界解説でも、個人間承継の例は多く報告されています。
参考:CINCキャピタル
まとめ─「決める→整える→出会う」を同時並行で

後継者不足は全体として改善し始めましたが、パン屋は技能・設備・地域性の面で承継の負担が重くなりがちです。
だからこそ、家族と目的を決め、店を磨き上げ、公的・民間チャネルを併用して「良い出会い」を増やす。
この三位一体の進め方が最短距離になります。
数字で現状を直視し、現場感のある手を打っていきましょう。

この記事書いた人
カネマワリ
元・複数店舗CFOの財務アドバイザー
複数店舗を展開するベーカリーのCFOとして、財務・経営管理を担当。
現在は財務面から、譲渡に向けた数値改善や事業価値の可視化を支援している。
参考・出典(本文内にリンク済み)
・中小企業白書2025年版 第9節 事業承継(中小企業庁) 中小企業庁
・中小企業白書2024年版 第6節 事業承継(中小企業庁) 中小企業庁
・中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題(中小企業庁・2019) 中小企業庁
・事業承継・引継ぎ支援センター(中小機構)および制度資料 事業承継・引継ぎポータルサイト中小企業庁
・ベーカリー業界のM&A動向・メリット(fundbook、CINCキャピタル等の業界記事) fundbook(ファンドブック)事業承継・M&A仲介サービスCINC Capital
・事業承継成功事例(relay、PR TIMES、サンテレビNEWS、大分県センター事例)



