パン屋M&Aの税務と費用構造|譲渡価格・手数料・税金のすべて

はじめに…「契約書の金額=手取り」ではありません。
「提示された譲渡価格がそのまま自分の手取りになる」と考えていませんか?
実際には、仲介報酬・税金・専門家費用・在庫精算などの“見えない支出”が重なり、手元に残る金額は想定より2〜3割減るケースが多いのです。
この差を理解しないまま進めると、「契約は成立したけれど、残った資金で次の事業ができない」「税金の支払いで資金がショートした」といったトラブルが起こりがちです。
私たちの現場では、“数字の誤解”が原因で後悔するオーナー様が少なくありません。
契約金額はあくまで「額面」であり、そこからどんなコストが引かれ、最終的に手元にいくら残るのかを最初に知ることが重要です。
この記事では「費用の地図」を一緒に描くつもりで読んでみてください。読み終えるころには、どこで支出が生まれ、どうコントロールすればよいかが明確になるでしょう。
目次
費用の全体像(マップ化)

パン屋のM&Aでは、「見える費用」と「見えない費用」があります。
譲渡対価だけを見て判断すると、実際の利益や手残りが分かりません。
主な費用項目:
- 譲渡対価(設備・造作・棚卸・のれん など)
- 税金(所得税・住民税・法人税・消費税 など)
- 仲介・アドバイザー費用(着手金・成功報酬)
- 専門家費用(税理士・司法書士・弁護士)
- その他精算費(敷金・在庫・リース契約など)
私がアドバイスする際、最初にお願いするのは「費用一覧表を作ること」です。
たとえば「成功報酬は譲渡価格の何%」「税金は概算いくら」「専門家費用はいつ払う」と、すべての支出をタイミング別に可視化します。
この“費用マップ”を最初に描いておくと、後で「思っていたより残らない」という落とし穴を確実に避けられます。
費用を“知る”ことは、交渉力を高める第一歩でもあります。
スキーム別の税務ポイント(事業譲渡/株式譲渡)

事業譲渡(店舗・設備などを個別に売る場合)
事業譲渡は、「店舗」「設備」「在庫」などを個別に評価して売買する形式です。
課税関係が複雑で、消費税の有無や所得区分が資産ごとに異なります。
- 設備・棚卸・のれんなど:課税対象
- 土地:非課税
- 個人の場合、機械や内装の売却益は「事業所得」側で処理
- 法人の場合、譲渡益は「益金算入(法人税課税)」
個人オーナーの方は、土地・建物(譲渡所得)と設備(事業所得)を混同しがちです。
この区分を誤ると、税務署から「所得区分の訂正」を求められることも。
契約前に、税理士と「資産リスト」に税区分をつけて確認しておくと確実です。
実際、私はこの工程を契約前に行うことで、後の修正申告を避けられたケースを数多く見ています。
株式譲渡(会社ごと譲る場合)
法人をそのまま譲る方式です。
契約関係や許認可が引き継ぎやすく、近年はこのスキームを採るケースが増えています。
- 株式の譲渡益は申告分離課税(約20.315%)
税率は現行水準(復興特別所得税含む)での目安です。最新は一次情報をご確認ください。 - 消費税は非課税
- 許認可や契約がスムーズに承継できるのが特徴
株式譲渡は一見シンプルですが、株主構成・簿外債務・役員貸付金などの整理が肝心です。
特に、過去の会計処理や貸付残高をそのままにして譲渡すると、後でトラブルになります。
税務上の“清算ライン”を明確にし、「譲渡益」と「会社の利益」を混ぜないよう注意してください。
契約書に「課税区分」と「売却益の対象」を明記しておくことが、安心の第一歩です。
消費税の扱い(課税・非課税の線引き)

パン屋の譲渡では、消費税の取り扱いが非常に重要です。
次の原則を押さえましょう。
- 課税対象:機械、内装、のれん(営業権)、棚卸、設備など
- 非課税:土地、株式
- 建物:原則課税対象
「のれん(営業権)」も課税対象になることを見落としがちです。
契約書に「税込/税抜」を明記せずに進めると、のちに消費税の追徴を受けるケースがあります。
M&A契約書は“価格交渉”の書類ではなく、“税務リスクの回避装置”でもあります。
1行の記載ミスが、何十万円の税負担差につながることを覚えておきましょう。
無形資産(のれん等)の課税取扱いは契約文言に依存するため、資産明細・税込/税抜の表記を税理士と事前合意しておくと安全です。
仲介・アドバイザー費用の構造と相場感

仲介報酬は、多くのオーナーが見落としがちな「実質コスト」です。
成功報酬の計算式や、対象範囲(負債を含むか否か)を確認しておきましょう。
一般的な費用構造:
- 着手金(0〜30万円前後)
- 中間金(基本合意時/固定額)
- 成功報酬(レーマン方式など/段階料5〜3%)
成功報酬が「譲渡金額の税込みか税抜きか」で争いになるケースは非常に多いです。
契約前に「報酬算定の基準金額」と「課税区分」を明文化しましょう。
また、“安い仲介手数料=良い支援”ではありません。
成功報酬が低くても、PMI(統合支援)が付いていないケースでは、結果的に高くつくこともあります。
逆に“高い仲介手数料=良い支援”でもありません。
仲介手数料を、売り手・買い手のどちらから取っているのかで、立場ごとの仲介手数料は変わります。
手数料で判断せず、最後まで伴走するタイプのアドバイザーかどうかを、しっかり確認しておきましょう。
モデル試算(“手取り額”を知る)

数字で見ると、どのくらいの差が出るのかをイメージしましょう。
以下は概算イメージです。個別の取得費・税率・住民税等で結果は変動します。詳細は専門家にご確認ください。
モデルA:個人店の事業譲渡(譲渡価格 1,200万円)
- 機械500 / 内装200 / のれん400 / 在庫100
- 仲介報酬 150 / 専門家費用 50 / 税金 120
- 手取り:約 880万円(税後)
モデルB:法人株式譲渡(譲渡価格 3,000万円)
- 仲介報酬 240 / 専門家 80 / 譲渡益課税 357
- 手取り:約 2,323万円(税後)
上記はあくまでも例ではありますが、「いくらで売れるか」ではなく、「いくら残るか」を基準に交渉するのが成功のコツです。
手取りシミュレーションを最初にしておけば、価格交渉でも冷静に判断できます。
多くのオーナーがこの一歩を怠り、「契約後に思っていたより残らない」と後悔しています。
数字を先に見ることで、感情に左右されないM&Aができます。
よくある落とし穴と対策

よくある落とし穴があります。
意外と抜け落ちてしまうポイントであったりするので、確認してください。
- 税込・税抜を混同
- 消費税の課税資産を契約書で明示せず追徴課税
- 在庫・敷金などの精算漏れ
- 節税だけに目を向け、承継後の経営に歪み
節税策を検討するのは大切ですが、「節税と経営を分けて考える」ことが肝心です。
一時的な税軽減を優先しすぎて、結果的に買い手の信頼を損ねたケースもあります。
“うまく売る”よりも、“うまく引き継ぐ”ほうが長期的に得をします。
そのためにも、税理士とM&Aアドバイザーが同じテーブルで話す体制をつくりましょう。
チェックリスト(税務・費用の事前準備)

ここで事前準備用のチェックリストをお伝えしておきます。
- 契約書に「税込/税抜」「課税/非課税」を明記
- 成功報酬の計算根拠を確認
- 資産明細を作り、税区分を明確化
- 取得費・償却資産台帳を整理
- 消費税・所得税の支払タイミングを資金繰り表に反映
これをExcel1枚で見える化するだけで、ほぼ全ての税務トラブルを防げます。
書類の整備は税理士任せにせず、「自分の理解のために」作るのがポイント。
数字の意味を理解している経営者ほど、交渉時に強い立場に立てます。
まとめ:“いくらで売れるか”より“いくら残るか”

パン屋のM&Aで最も大切なのは、「売却価格」よりも“手元にいくら残るのか”という現実的な視点です。
金額の大きさだけを追いかけると、見えないコストに気づかないまま契約を進めてしまい、結果として「想定よりも少ない資金しか残らなかった」という事態に陥ることがあります。
一方で、費用の構造を理解し、税金・手数料・精算費用を含めた“全体像”を設計できる経営者は、M&Aを次のチャンスに変えられる人です。
数字を「怖いもの」ではなく、「未来を守る道具」として扱うこと。それが経営者としての最後の仕事かもしれません。
まず、構造を把握することから始めよう
M&Aには、価格・費用・税金・時間という4つの軸があります。
どの軸をどこまでコントロールできるかで、結果が大きく変わります。
- 価格だけを見ると“売った”で終わる。
- 費用構造まで理解すれば、“残せる”につながる。
- 税金の仕組みを押さえれば、“守れる”に変わる。
- 時間軸を意識すれば、“次へ進める”になる。
つまり、「構造」を理解するというのは、単にお金の話ではなく、自分の人生設計そのものを見直すことなのです。
そして、「手取り」を基準に考える
数字を追うときは、手取りベースで考える癖をつけてください。
たとえば「3,000万円で譲渡したけれど、最終的な手取りは2,300万円」、この差額700万円は、税金や手数料といった“構造上の費用”です。
事前にこれを理解していれば、交渉時に焦ることもなく、「この条件なら、最終手残りは十分に安全」と判断できるようになります。
多くの経営者が「売ったあとの数字」で後悔しますが、本来は「売る前に試算しておくべき数字」なのです。
BakeryBizでは、そうした“手取りシミュレーション”を重視しています。
数字を先に見える化することで、感情や勢いに流されない判断軸を一緒に作り上げます。
一時的な節税より、「信頼される引き継ぎ」を
節税やコスト削減は大切ですが、最優先すべきは「引き継ぐ側への誠実さ」です。
数字の小さなズレや税処理の曖昧さが、買い手との信頼関係を壊すこともあります。
“きれいに引き継ぐ”ことは、最終的に自分を守ることでもある。
譲渡は終わりではなく、あなたの店が次の世代に続いていくための“バトン渡し”です。
契約書の一行一行にも、その想いを込めてください。
M&Aは、「終わりの手続き」ではなく、「新しいはじまりの設計」です。
これまで積み上げた年月と情熱を、次の誰かにつなぐための“経営の卒業式”でもあります。
だからこそ、焦らず、知り、考える時間を持ってほしい。
税金も費用も、正しく理解すれば怖いものではありません。
すべての数字には“意味”があり、その意味を知ることで、次の人生の自由度が変わります。
BakeryBizは、そんな経営者の「最後の一歩」を、数字と信頼の両面から支えたいと考えています。
あなたの店の価値が、次の人の未来を照らすように。
その橋渡しを、一緒にデザインしていきましょう。
BakeryBizでは、パン屋専門で店舗売買・譲渡・M&A支援を行っています。
また、店舗の経営改善・コスト分析・黒字化支援も行っています。
スタッフは、全員がベーカリー出身者です。専門知識をもった経験豊富なスタッフがお客様を最後まで丁寧にサポートいたします。
ご相談は完全無料ですので、お気軽にご相談ください。
「BakeryBiz」を運営する株式会社アルチザンターブルは、中小企業庁のM&A支援機関に登録されており、「中小M&Aガイドライン」を遵守した適正な支援を行っています。
M&A支援業者への手数料を補助する「事業承継・M&A補助金」も条件に応じご活用いただけます。

この記事書いた人
BakeryBiz コンサルタント 山本 遼
(M&A・ブランド支援担当)
年商億規模のパン屋を経営し、事業売却を経験。
現在は全国のベーカリーを対象に、M&Aや事業承継を支援。
現場視点と実務知識を活かし、納得のいく譲渡をサポート。
株式会社アルチザンターブルは、中小企業庁のM&A支援機関に登録されており、「中小M&Aガイドライン」を遵守した適正な支援を行っています。
M&A支援業者への手数料を補助する「事業承継・M&A補助金」も条件に応じご活用いただけます。
参考情報
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監修・執筆:BakeryBiz編集部
※本記事は公開情報と筆者の実務経験に基づき執筆しています。統計値は出典の算出方法・時点により変動します。
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